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2010.09.12

新世界より

新世界より 上新世界より 上
(2008/01/24)
貴志 祐介

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新世界より 下新世界より 下
(2008/01/24)
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貴志祐介氏作品初です!
結構な長編で、自分はハードカバー上下巻で読みました。
壮大な冒険物かなと勝手に思っていたのですが、中身はSFでしたね。

結構長い感想になってしまいましたね・・・色々思うことも多かったからかなー


舞台は日本、今から約千年後穏やかな"神栖66町"に住む渡辺早季の少女時代から始まる。
この世界で人間は呪力という能力を持ち幼い頃はその力の出し方、
コントロール等を学ぶ勉強が主なようだ。


参考にwkipediaから抜粋。
呪力
この世界の人間が兼ね備えているPK。脳内でイメージを描くことによってそれが具現化し
様々なことに応用することができる。使えるエネルギーには事実上上限が無く
強い呪力は核兵器の威力すらも遥かに上回る。
そのため、同種間攻撃などが起こった場合には
社会全体の崩壊も起こりうるため、それを避けるべく
「攻撃抑制」と「愧死機構」が呪力を持つ人間の遺伝子には組み込まれている。
愧死機構
強大な呪力を持った人間同士の争いを避けるために
あらかじめ遺伝子に組み込まれている機構。
計画当初は教育、あるいは薬物を使った洗脳で人間の殺戮衝動を押さえ込もうとしていたが、
それだけでは十年以内に破綻することが算出され、最後の手段として人間へと組み込まれた。
愧死機構は同種である人間を攻撃しようとした際に作用し、そのことを脳が認識すると
無意識のうちに呪力が発動し眩暈、動悸などの警告発作が起こり、それでも尚警告を無視し
攻撃を続行した場合には、強直の発作により死に至る。


全ての人間が強力な呪力というものを持ちながら社会を形成しているには
このような設定は不可欠でしょう。
まぁ、他にも色々あるんですがね・・

そして共存するのは様々異形な生物達。
第一に挙げるのはバケネズミで、この資料もwkipediaから抜粋。

バケネズミ
毛の無いネズミのような外見をした哺乳類。
呪力を持つ人間を神と崇め、絶対的に服従している。
体長は通常固体であっても大きいもので1メートルにも達し、
二本の脚で直立すれば人間の子供と殆ど変わらない身長になる。
ハダカデバネズミを祖先とした生物とされているが、社会性昆虫のように
真社会性を持っており、女王を中心とした巨大なコロニーを形成している。
一つのコロニー内には小規模なものでも数百匹、大規模なものになると
一万匹に及ぶバケネズミを抱えている。知能は高く、
イルカやチンパンジーといった知能が高いとして知られる動物を遥かに凌ぎ、
独自の言語(通称バケネズミ語)を使い意思疎通ができるほか、指揮官や女王など
上層にいる個体は人間の言語(この場合は日本語)を理解し、喋る事もできる。
人間に忠誠を誓ったコロニーは、人間側に貢物と役務を提供する代わりに
生存を保障され、そういったコロニーには虫偏の着いた漢字の名前が与えられる
(『大雀蜂』、『塩屋虻』、『木蠹蛾』、『首切螽?』など)。
人間から漢字名を授かったバケネズミは、突出した能力を認められた者が多く、
全てのバケネズミの中でも数十匹しかいない。


他にも不浄猫、ミノシロモドキ、トラバサミ、風船犬等沢山の特異生物達が居ますが、最も忌みすべきは"悪鬼"や"業魔"。
これはこの世界での人間界で最も恐れられていおり、後半ではその正体が詳細に描かれている。
まぁ一言で言えば「殺戮者」でしょう。

物語はこの世界で生きる渡辺早季(と友人達)が学校の
キャンプで、ふとした所でミノシロモドキを見つけた所から
大きく動き出す。
今あるこの世界がどうやって創られたのか?過去には一体どういう出来事があったのか?
今社会に組み込まれている様々なシステム・規制はどうやって定められたのか?
それらを「知ってしまった」渡辺早季と友人の青沼瞬・秋月真理亜・朝比奈覚・伊東守は今いるこの地に様々な疑問と困惑を抱き、そして遂には自分達にある"事態"が襲い掛かる。
前半ではそのキャンプで迷子になってしまい、違反を犯したとして森中で全員の呪力を封じられてしまう。
そしてそこは人間の統治下に居ないバケネズミ達が跋扈し、今正に戦争が始まってしまう真っ只中。メンバーがバラバラになりながらの必死な逃走劇。
後半は渡辺早季成長後の話で、人類きって前代未聞、恐ろしい"戦争"の幕開けとなっている。

前半から生生しい惨忍で血腥い描写があり自分としては時折眉を顰めながら読み進めていったのだが、物語の流れとして
緊張と緊迫の連続、次々の襲い掛かる窮地にハラハラしっぱなしでしたねー。
この逃走劇部分は映画ばりのスケールを感じました。
後半はまたこれが一層・・・
最初この世界に戸惑いながらも把握し、渡辺早季らがキャンプで迷子になったあたりから
緊迫の連続で読み進めた感じですね。
物語設定と世界観、様々な生命体の形態やら人間ドラマ、
SFと現代にも通じる"リアル"さと怖さは圧巻です。
全てのものが見事に組み込まれ、折り重なって描かれている壮大なSFファンタジーホラー!
ファンタジー設定だけでも大変なのに、隙間に入る人間心理や緊迫感と綿密なストーリーはお見事!!でしょう。ただ感嘆です。
貴志祐介氏の中でも有名で名高い作品のようですね。

ただ自分は好きかと言われると・・・・う~ん・・;という感じです。

初めて読んだ貴志祐介氏作品がこの『新世界より』だったので
この人がホラーを書いている事も知らず;
「やけに殺戮シーンが生々しいな・・」と思っていました。ホラー書いている方の作品なら当たり前なのに
血が噴出すシーンや死体の描写はサッと読み飛ばしましたね。
ある程度死体描写に慣れているとはいえ(○田氏の影響で 苦笑)、あれだけ続くと辟易してしまうんです。
あとは・・やはりキャラ立ちの自分にとって、
登場人物達全てにおいて好きになれる人物が居なかったのが大きいかと思います
・・・はい
主人公渡辺早季初めどの人も好きになれなかった・・
唯一青沼瞬が一番良かったかなぁ・・・という位で。
考えさせられる部分も多く、凄い作品だった事は確かですけども・・・。








以下はネタバレです。






ある程度までネタバレしていないと紹介の難しい作品でありますな。
なのでネタバレ前にある程度記述してありますが
それはまぁ仕方なにし、ほんの一部なのでお許しください(爆)
前半に詳しく記述された「昔の人類」は正に「現代の人類」についてでしたね。
核兵器やクラスター爆弾、戦争や殺人など等現在進行形で起こっている「人類歴史」。
知った渡辺早季のつ呟きで「昔の人たちは何故こんなものをつくったのだろう?」
全く同意見です!!確かに「人が人を苦しめるだけの為につくられたもの」としか思えません・・・
この渡辺早季の意見は現代を生きる人類以外からの意見のようでストンと納得させられました。

『新世界より』では殆どの人類が呪力を使い、皆助け合って人間が人間に危害を
加えることが「考えられない」世界。
そんな彼らが聞き知った「昔の人類」では他人が他人を隣人が隣人を殺し、果ては
肉親同士で殺しあっている・・・・・今「現代の人類」にとっても
「何故?」と問わずにはいられないと同時に「日常で起こっている」事でもありますね。
しかし、だからと言ってこの『新世界より』に生きる人類達が皆助け合う精神で
"理想郷"といわれる世界でしょうが、「いや、ちょっと考えれば判ってもらえると思うよ」
という事も言いたい(爆)
ここで一度注目すべきは"業魔"と"悪鬼"。
此方もwikipediaから抜粋させて頂いた。

業魔(ごうま)
神栖66町に伝わる伝説に登場する怪物。
どちらの伝説にも共にいくつかの教訓が盛り込まれている。
どちらも架空の存在ではなく、
悪鬼は「ラーマン・クロギウス症候群」、
別名「『鶏小屋の狐(フォックス・イン・ザ・ヘンハウス)』症候群」
に該当する精神病質患者を指す言葉、業魔は「橋本・アッペルバウム症候群」の重篤期患者に対する俗称である。
「ラーマン・クロギウス症候群」を発症するものは、
先天的に攻撃抑制及び愧死機構が機能しておらず、
同種である人間への攻撃をなんの躊躇い無く行うために殺戮の限りを尽くし続ける。
過去に人口密集地でこれが起こった事例があり、
都市を破壊し尽くして数千人の人命が失われた。
「橋本・アッペルバウム症候群」は、パニック障害に類似した事象が脳内で起こっており、
発症した場合呪力が放射能のように周囲へ漏出し、生物、
無生物問わず周囲のものに多大な影響を与え異形化させてしまう。


この"業魔"こそ人間が唯一恐れ、発生を封印してきた存在で、
『新世界より』では絶対的な恐怖と共に、深い闇にある。
ここだけは"理想郷"の力及ばない禁域である。
伝説的な存在になる"業魔"ではあるが、かなりの恐怖心が根強く『ハリー・ポッター』の
"ヴォルデモード"である、と言えば判りやすいだろうか・・(苦笑)
これがまた・・後半で大きな存在となってくるんですが、まぁ後に述べます。

この世界の人間が皆助け合い、お互い傷つけないのは全てシステムによるもの。
一つは呪力。
最大最重要キーワードですね。人類(殆ど)皆こんな力があればお互い傷つけあう事は
極力減るでしょう。そしてその中でやっぱり「愧死機構」というシステムが大きい。
自分が相手を傷つけようとすると自然に自分も傷つけられる(苦しむ)事になると
判っていれば、そりゃ誰もやりませんよ。
今現代でさえ、その「愧死機構」があれば殺人・暴行・傷害事件なんて9割
減るんじゃないでしょうか。
人間なんて所詮、他人の痛みを感じ取る事にかけては鈍感ですし・・。
他人の痛みが判らないで他人を傷つけてしまう人間も多いですが、
他人の痛みを判っていて、より強い痛みを与えようと画策する人間もいますから
・・・・・・何か、救いようが無い世の中に思えてきたなぁ(悲)

正直、この作品で一番クローズアップされるのは「人間の業」であり、
どんな空想生物も新システムも、「人間の業」を色々な形で表現している道具の一部に
過ぎないという風にもとれます。
バケネズミという存在はその典型としていますが、この世界の人間は
人間以外の生物に何の躊躇いが無い程殺戮を繰り返します。
その中には「やらなければ自分が殺されていた」という切羽詰った状況もあり、それは
防衛本能としてある意味仕方の無い事でしょう。しかし人間は呪力を使用できる事により
バケネズミがちょっとでも失態や人間に反抗的な態度をとったら殺しています。
しかも人間を"神様"と呼ばせている事にも違和感。しかし呪力という強力な能力を
持ってしまうと増長してしまうのは仕方の無い事であり、
そこで仕方の無い事だと思ってしまう自分に「人間の業」がありますな・・・ハァ;。
バケネズミが人間を"神様"と呼ばせ、使役している時点でこの『新世界より』の
結末は読めてしまいました。
しかも一部のバケネズミは人間の言葉を理解し、言語を喋っていて理性も知識も殆ど
人間と同じ。キャンプで渡辺早季らがバケネズミの戦争に巻き込まれた経緯では
その頭脳や残酷さも人間そのものではありませんか。
そんな彼らバケネズミが人間に反旗を翻すのはごく「自然」な事ではないだろうか・・・
しかし作中の人間にはそんな考えを持った人間は居ないので、何故だろうと驚いた。
確かに呪力という武器を持っているからこその驕りだろうとは思うが、
絶対に考えなければいけない事だと思う。
いくら呪力を持たない弱い立場のバケネズミとは言え、
ずっと人間の下におさまっている訳ないじゃないか!何で気づかないんだー!
と思いながら読んでいたので最後バケネズミの反乱は
あぁ、やっときたか」位に思っていましたね。
その広大な構想にも驚きました。
呪力を持つ人間を倒すにはどうすればいいのか、考えに考え抜いたのでしょう。
幼い人間の子供を捕まえ、バケネズミの世界で育て上げることによって
自分をバケネズミと思い込ませ、人間を殺させていくというもの。
人間は人間を殺そうとすると「愧死機構」が働き、不可能なのですがバケネズミの元で
育てられた"人間"は、バケネズミこそが"人間"であり人間こそが"バケネズミ"へと
置き換える事が出来る(らしい)。よってここに"業魔"の出来上がり。
「愧死機構」は自分と相手が同じ"人間"だと思っているからこそ、
成り立つものであって初めから自分は"人間"側ではなく、"バケネズミ"側だと
認識していれば起こらない現象なのですね。


突然のバケネズミからの反旗と攻撃、同時に現れた"業魔"。
当初は「なんという偶然が重なったんだ」と思っていたけれど、実は"業魔"含めて全て
バケネズミが編み出した作戦であったとは・・・正直その頭脳に感服です。
他にも細かい所まで練り上げた人間への波状攻撃や先の先を読んだ戦況と罠にも
驚きの連続・・・そこまで考えていたのかっ!と唸ります。
沢山の人間が殺され、次第に追い詰められる人間達と渡辺早季達。
バケネズミの攻撃の狭間で"業魔"の闇が次第に大きくなっていく様は本当に
鬼気迫る恐怖で息遣いまで聞こえてきそうな臨場感です。
物陰からそっと"業魔"が過ぎ去る音を聞くシーンなんてもうこっちまで緊張した・・・
渡辺早季は自分達が逃げるのに精一杯で他の場所などに気を配る余裕がない事が
ない関わらず、次第に人間社会が崩壊し街が荒廃、そして死屍累々の現状が
広がっていく様をまざまざと感じ取る事ができます。いやー・・この辺は本当に凄い。
文章なのに惨状がスクリーン画像にように浮かんできます。
"業魔"を倒す時にもバケネズミが犠牲となってしまう所には腑に落ちないものが
ありますが・・・この"業魔"も哀れな犠牲者ですね。
最後バケネズミ反乱の主導者スクィーラが放つ言葉の一つ一つが非常に心を打ち、
同時に今までの人間社会の叫びを聞いた気がします。
このバケネズミという生き物は現実社会での「差別」と置き換えることができますね。
生まれたときから他の生き物と区分け(差別)され、管理されて使役されているなんて・・
作中渡辺早季や覚がバケネズミに対し
「人間は別にバケネズミを迫害している訳でも苦行させている訳でもないでしょう」と
主張し何故そんなに反発するのか訊くシーンがありますが、自分にとって
この問いこそが最も奥深い"人間の業"に感じます。
"上"の立場にいる人間は"下"に居る人間の気持ちなど軽んじているし、その気持ちを
判っていない。
よく聞くイジメに例えると判りますね・・「自殺するほど辛いとは思わなかった」。
所謂イジメた側の言い分ですが、これとそっくりだなーと思いました。
イジメている側はイジメられている側の気持ちなんて考えていないし、軽んじている。
だからあんな下衆な事が出来るわけですけど、
やられる側は実体験しない限り判らないものでしょう。
経験ある人ならまだともかく・・・
こういう「軽んじる」考えって無知な上に軽薄でとても残酷な事だと思います。
被害者側として一番悔しいのはそこなんですよ・・多分「罪の意識が軽い」部分。
知っていてやる分も酷いですけど、ずっと罪の深さを知らないままの方が悔しい。
バケネズミ達はずっと悔しい思いを抱えて生きてきたのだと感じました。
しかもバケネズミ達は人間並みの頭脳と知識を持っている・・・
そんな生き物が生まれたときから制圧され、使役され続けて黙っていられるわけない、
って事に気づかないのがムカツク。
どんな生き物でも絶対"自由でありたい"筈なんですよね・・
"自由"であるからこそ、その先にある人生を歩けるわけで・・・実際歴史を振り返ると
ずっと制圧されてきた国や人達がずっとそのままでいた時はないです(自分の僅かな知識内
のみ、ですが;)。いつかきっと爆発する。
それが一揆や反乱や革命として刻まれていくのだと思います。
今現在も制圧されている国や人達がいるとしても、きっといつかは"自由になる"と思います。
人間は他の生物達と違って知能が高い分傲慢でもあるわけだから、制圧されている事に
我慢し続けられない生き物、業を持つな人間が同じ業を持つ人間を制御しきれるわけがない。
そしてバケネズミはそもそも"呪力を持たない人間"が変形したもの。
最後に収まりましたが、またきっとバケネズミは戦争を起こすと思います。
自由にならない限り絶対・・・と思うので人間とバケネズミは全く別大陸で
干渉し合うことなく暮らしていけばいいんじゃないかな、と思います。
それでどちらかが戦争を仕掛けてきたら防衛&やり返す・・・・って、今の世界と
同じ形態になりますな、これは

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Posted at 20:52 | 貴志祐介 | COM(2) | TB(0) |
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