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2013.08.04

逆軍の旗

藤沢周平氏『逆軍の旗』読了ー
逆軍の旗 (文春文庫 (192‐11))逆軍の旗 (文春文庫 (192‐11))
(1985/03)
藤沢 周平

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創作の時代物をよく書かれる藤沢氏であるが、たまには「本当にあった事をかきたくなる」との事で逆軍の旗を始め、歴史的事実を下敷きに描かれた四作短編集。
最初の逆軍の旗はかの有名な明智光秀が信長を本能寺にて打ち取る話となっている。
歴史に造詣の深い人でなくとも・・・つまり自分で知っているあまりに有名な話。いやぁ、吃驚。
他 上意改まる 二人の失踪人 幻にあらず が載っているが・・・こちらも歴史的背景が下敷きなのだろうか・・?このあたりは自分の中で分らなかった

逆軍の旗は前述した通り、明智光秀の話。

上意改まる
片岡藤右衛門は北条の郷見と人目を忍んで度々逢っているいる仲。
何故忍んでいるかと言うと、片岡家と北条の家とは親世代から犬猿の仲であったのだ。
それも郷見に縁談が舞い込んだのを境に二人は会う事を止めた。
だが今机の上にその郷見からの手紙が届いており、そこには大変な事が書かれていた。

二人の失踪人
雫石町で旅籠を営んでいる孫之丞の元に浪人村上源之助がやってきた。
そこで口論となり、孫之丞は切り合いとなった末息子丑太の目の前で斬り殺されてしまった。
その後源之助はそのまま逃走、闇の中へと消えていった-------
その事件から五年たった天保五年、丑太が姿を消す。
周囲の者は家出だろうと言ったのだが、彼の母親は「あれは仇を探しに行ったのだろう」と言い兄である安五郎も丑太を探しに行くと言って姿を消した。

幻にあらず
江戸家老に就任した美作当綱は藁科松柏米沢藩主大炊頭重定の養子直丸について話していた。
前々から財政の苦しかった米沢藩は幕府工事命令や凶作の影響でますます逼迫していた。
立て直すには藩を牛耳り、贅沢をしている森平右衛門利真を排除しなければならない。

明智光秀の話は「敵は本能寺にあり」という名言が出るほどの歴史的事実と実在の人達が登場し、藤沢氏がどのような解釈を持って小説にしたかちょっとワクワクした。
最近の歴史研究では、本能寺が炎上したのは信長の息子である、という説が有力だと聞いて驚いたばかりであるが・・・ここではやはり昔(?)の通り明智光秀が殆ど丸腰の信長に攻め込んで炎上した事になっているようだ。
本当の本当はどうだったのか・・・もう誰にも解けないだろうけど考察するのは楽しい。

正直幻にあらずはあまり印象に残っていないのだが上意改まる二人の失踪人はじわりとくる話だった。








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